New Testament

2006.00/00 ブログ 希望と枷。



親戚の言葉がホントウなら、

睦月は、オレを恨んでるかも知れない。

それが。死ぬことよりもすごく、怖い。








七年前。悠が死んだとき。

睦月は言った。

独りで生きていける。

独りがいいと、そう言った。

だからオレは、

睦月が一人でがんばるのなら。

それの邪魔をしちゃいけないと。

逢いたいのをずっとがまんして。

必死に自分の世界を作ろうとした。








その時に、約束をした。

悠は死んでしまったけど、

二十歳までがんばって生きてみよう、

だけどもし死ぬときは、

独りで死なず、一緒に死のう、と。







それからオレ達は二十歳になった。

だから一応、約束は果たしたのかもしれない。

だけどオレはさ、ずっと隠していたんだけど、

学校を卒業したら高校の時に作ったコネでさ、

田舎の会社に入社して、小さな家が借りれて、

そこでお前と一緒に住むつもりだったんだよ。

お前は働けないから、オレが働いて。

お前は畑か何かを弄ってればいいとか、

バカみたいなことを思ってたんだ。

たとえ裕福じゃなくとものんびりと、

ゆっくりと生きていけると思ってた。








死ぬときは一緒に死ぬって約束は、

二十歳で反古だったのかな?

あれは一生モノだとオレは思ってたんだ。

それをあっさり捨てるなんてさ。

まぁ。お前らしいといえばお前らしいけど。

なんだかやっぱ寂しいよ。








なぁ、睦月。 ひとつ訊きたいんだ。

今どんな気分? やっと死ねたんだ。

安らかな気分かな? もしもさ、

もしもオレが死んだとしたら

逢えるかな?




逢って、くれるかな?









約束はさ。オレにとって枷だったんだ。

死を束縛する、希望の枷だったんだ。







あいつが言ったように、

オレがお前を殺したのだとしたら、

お前はオレを恨んでるかな?


此岸屋梁落月彼岸