死の綱 我に絡み。陰府の縄 我を囲み。
その綱、身を切り裂き。その縄。死を運ぶ。
悠が死んだとき、オレは中学を辞めた。
睦月が死んで、オレは専門学校を辞めた。
もしかしてオレはまったく成長してないのか?
そんな悲しい考えが頭をよぎる。
昔話。
いつだったか悠が言っていた。
「死後の世界なんてあるわけ無い」
「死んだら生まれる前に戻るだけだ」
「だから生きて生まれ変わるしかないんだよ」
「いや、死んで生まれ変わるのもありか?」
少しおどけながらそう言っていたのを憶えてる。
オレはあの時小学生で、
悠が言っていたことが解らなかった。
悠も小学生だったけど、
まぁ、オレはバカだから、
死後なんて、天国か地獄か、
在るか無いかしか考えなかった。
今を生まれ変わるとか、
死んで生まれ変わるとか、
元に戻るとか、戻らないとか、
そんなことは解らなかった。
今になってあの言葉を考える。
オレも死後の世界はないと思う。
天国も、地獄もない。そう感じる。
無に返る。コレが一番自然で、一般的。
でもオレ達は無から生まれた訳じゃない。
だから有限である俺たちは無限には混ざれないと、
変な考えだけど、オレはそう思う。
死んで生まれ変わる。
これは輪廻や永劫回帰。
輪廻だと、地獄もなくて、
生まれる前に戻って、
今度は違うモノに生まれ変わる。
それはもうオレじゃない。
悠じゃない。睦月じゃない。
そんなの、生まれ変わりじゃない。
別のモノになったら意味がない。
忘れたら、意味がない。
もしも永劫回帰だったら、
何も知らず、
同じ事が繰り返される。
だとしたらまた、
君たちは自殺をしてしまう。
生まれ変わって、また出会って、
仲良くなって、笑って、
また悠が死んで、睦月が死んで、
次は、、
それはとても悲しいよ。
生まれ変わりがあるのなら、
それは永遠に続く魂の牢獄。
何度も死んで生まれ変わる。
抜け出すことのできない、
魂の地獄。
けっきょくすべて納得いかないんだ。
悠が死んだこと。睦月が死んだこと。
死後の世界も、無も、生まれ変わるのも。
学校の人たちどうしてるかな。
オレのこと忘れて楽しくやってるかな。
死ななくても、忘れることはできる。
ダレの言葉だっけ?
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